2017年2月17日金曜日

反省大好き?!

かなり昔になりますが、猿回しのサルが「反省!」という芸をやっていた頃、「反省だけならサルでもできる」という言葉がはやりました。

今でも何かと言えば反省という言葉はよく耳にします。どうも私たちは反省が大好きなようです。

 「ちょっとは反省しなさい」
 「反省していないならゲームは禁止!」
 「何やったか言ってごらんなさい。どうしてそんなことをしたの?」

やったこと、過去のことを反省させようとしています。
もちろん、反省することはとても大切です。
しかしながら、反省をいくらしたところで、過去は変わりません。

過去に何をやったかよりも、大切なのは、これから未来に何をするかということです。
それなのに反省した後に
 「もう、そんなことしないわね」
 「じゃあ、今度からちゃんとしなさい」
で簡単に終わらせてはいないでしょうか。

未来が大切なのに、過去に一所懸命時間をかけて具体的にし明確にし、そして未来のことはあいまいなまま一言で終わってしまう。
これでは未来のやりたいこと、そのための具体的なことが見えないままなので良くならないのは当然です。

今月は未来に目を向けた言葉がけを意識してみましょう。

反省を「そうなんだ」と受けとり、「今度はどうする?」「いつからできそう?」「できたらどんな気持ちになるかな?」など未来の具体的なイメージ作りができる質問をしてみましょう。

反省だけでは後ろ向きになりそうな気持も未来に向けて前向きになります。
是非とも試してみてくださいね。

2016年12月22日木曜日

みんな負けず嫌い

性格の話をする時に
 『負けず嫌い』
という言葉をを耳にしますが、負けるのが楽しいという人はいません。
子どもも同じです。
ましてや「負けるためにやる」なんて人は、八百長に加担する人以外にいませんね。

では、負けず嫌いってどんな人をイメージするでしょうか。
=============================
 ・負けるのが嫌いだから努力する人
 ・負けたら悔しくて次は負けないぞ、と頑張る人
=============================
こんなイメージが強いのではではないでしょうか。

しかし、負けず嫌いだからこそ、こんな人もいます。
=============================
 ・負ける可能性の高いことはさける人
 ・負けるかもしれない努力はしない人
 ・負けるくらいならやらないほうがいいと思う人
=============================
いかがでしょう。


 「やる気がない」「やる気が見られない」と見える子どもがいるかもしれませんが、私はそういう子を〝負けず嫌いな子〟と見ています。
負けず嫌いが強ければ強いほど、負けを恐れます。
一生懸命やったのに負けることは何よりも屈辱です。
ならば同じ負けなら一生懸命やらないで不戦敗のほうがまだましと考えるのです。

「やる気がない」と見えるのは「負けたくない、だから戦いたくない」なのではないでしょうか?
考えてみればそういう子は、〝究極の負けず嫌い〟とも言えます。

子どもはみんな負けず嫌いです。
それは悪いことではありません。

ただ、負けることやうまくいかないことは生きていく中でいくらでも出てきます。
「負けるのが嫌だからやらない」にはなってほしくないですね。

ではどうすればよいのでしょうか?
負けるのが嫌なのは、勝つことだけに価値を求めているからです。
〝挑戦すること〟〝努力すること〟〝その結果少しでも自分が成長していること〟に価値があると気がつけば、〝究極の負けず嫌い〟ではなくなるのです。

そのためにやることは、次の3つです。
 『挑戦の背中を押してあげること』
 『努力を承認すること』
 『成長をほめること』

私たち大人も今の競争社会で、どうしても勝ち負けを常に意識し、結果だけに注目しがちです。
挑戦、その過程の努力、そしてそこから必ず生まれている成長に目を向けていきましょう。
必ず子どもは前に歩み始めます。

2016年7月26日火曜日

なにくそ魂

 むかしと違って『根性論』『精神論』みたいなものが、否定されがちな昨今ですが、
〝人間は感情の生き物〟とも言われるように、心理的な要素抜きに私たちの行動を考えることはできません。

 どんなスーパースターでも一度も、負けたことや失敗したことの無い人はいません。
 そしてそのことをうれしい、楽しいと思う人もいません。しかし、負けたり失敗した時の行動には大きく二通りがあります。
 一つは〝悔しい、もう一度〟
 もう一つは〝ダメだ、あきらめた〟
です。

 色々と見ていて、これらの行動は、負けや失敗の度合い(惜しいかどうか)では無いように思います。
 全然成功には遠くても、「今度こそ」と挑戦する子もいれば、あと一歩だったのにあきらめる子はあきらめます。
 その根底には『なにくそ魂』が育っているかどうかがあるのではないでしょうか。

 これはけっして「なにくそー!」「チクショー!」と口に出すわけではありません。
 口や表情に出さなくても、黙々と淡々と次への挑戦をする子もいます。一緒です。心の底にある魂が次の挑戦への行動を引き出すのです。

 では、『なにくそ魂』はどうすれば育つのでしょう?

 「いつでも、なにくそと思え」と言ったところで育つものではありません。
 『なにくそ魂』のある子に共通しているのは、自分の力を信じる心を持っていることです。
 成功までの道のりには関係なく、「必ずできる」「いつかはできる」という気持ちを持っているかどうかなのです。
 オリンピックイヤーで最近テレビでもよく見かける朝原宣治さん(北京オリンピック陸上400リレー銅メダリスト)が「(私が35才まであきらめなかったのは)母が『今はできなくても、いつかはできるようになる』と言ってくれていたおかげ」と話しています。

 子どもたちの『なにくそ魂』が育つのに私たちができることは、こういった声かけなのではないでしょうか。

 「粘り強い子だよ」
 「前向きな子だね」
 「必ず成功する力を持っているよ」
といった子どもの内面を承認する言葉。
 「いつも応援しているよ」
 「大丈夫だよ」
 「信じているよ」
といった背中を押してあげる言葉こそが『なにくそ魂』が育つのに必要な栄養だと思います。

 負けや失敗はいやなことですが、私たちは負けや失敗から多くのことを学んできました。
 子どもたちの中に負けや失敗を恐れず、たとえ負けても再度挑戦する気持ちが育っていってほしいと思います。

2016年6月22日水曜日

ついつい

 最近話題のアドラー心理学では「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」といっています。


「どうしてオレは気が弱いんだろう」
という悩みがあったとしましょう。
自分と気の強さを比べる対象(人)がいるからそう思うのであり、そのことを評価する人がいるからそう思うのです。

 孤独だと思っている人も必ず誰かと関わっていますし、「オレは一人で生きていく」と言っても、今の社会で現実には不可能です。

 そして、その対人関係の良し悪しを決めるのが、コミュニケーションであることは誰もが認めているところす。

 ですが、私たちは対人関係に良い影響を及ぼさないコミュニケーションを、ついつい知らず知らずのうちにとっています。

 からかう
 皮肉を言う
 嫌味を言う
 小ばかにする
 無視する
 あてつける
 愚痴る
 ひやかす
 ちゃかす

……いかがでしょう?

 暴力を振るう
 暴言を吐く
 おとしめる
 いじめる
 侮辱する

などと違って、軽いものと思うかもしれませんが、どれも自分がされてうれしいものではありません。それなのに自分では他人にやっていないでしょうか?

 不思議なことにこれらのコミュニケーションは、自分が相手より上位にいると感じているときに使っています。だから親子関係(子どもに対して)で使われがちなのです。

 コミュニケーションでお互いが気持ちよくなれれば、その人との対人関係はよくなるはずです。
悪気があってやっているわけではありませんし、ほとんどは相手にいろいろなことに気づいてほしかったり、もっと頑張ってほしかったり、気を引き締めてほしかったり、相手を思ってのこと、相手と良い関係になることを願ってのものです。
それなのに……」

 わたしは『ついつい』をなくすために、言いたいことを素直に伝えることと相手を笑顔にするコミュニケーションを意識するようにしています。
 とはいっても、まだまだ不十分ですが……

 まあ、日々努力していきましょう。『人間の悩み』を減らしていくために。

2016年5月16日月曜日

アウトプット

私ごとですが、最近忘れっぽくなっているなと実感します。(ToT)

年相応?
いえいえ、自分では絶対に認めたくないところです。

でも、「三歩歩けば…」はおおげさにしても、十歩歩くと忘れていることが結構あります。(^ ^;そして、十歩戻ってみると思い出す……情けないけど現実です。


忘れることで色々なロスをしていますので、これはいけないと、対策としてあちこちにメモ用紙や付せんを置いて、ちょっとでも忘れたくないことは何でも書き留めておくようにし始めました。

すると、不思議??
メモを改めて見なくても覚えていられるようになってきたのです。(@0@)
ただ単純に、頭の中に覚えておこうとするよりも、『書く』という行為をし、書いたものを目でも『見る』という行為をしたことで記憶が残りやすくなっているようです。

実はこれ、アクティブラーニングという学習方法で使う【振り返り】という手法からヒントをもらいました。
学習の最後にどんなことを学び、どのように理解したかを自分なりに振り返ってまとめることで学習定着率が格段に上がります。

私たちは普段の生活で、覚えておかないことがいっぱいあります。
頭の中に残しておこうとインプットを頑張るのですが、なかなか頭の中に残りません。
一度インプットしたものを自分のフィルターを通してアウトプットすることで、インプットしたものが残りやすくなっているのです。

アウトプットには「書く」「話す」「表現する」などがありますが、どれも五感を複数使うので、アウトプットしているつもりが再インプットしていることになるのです。
お子さんとの会話でも

 「今日の勉強で一番ためになったことは?」
 「今日、勉強したことを教えて?」

といったようなことは、子どもにとって振り返ってアウトプットする機会につながります。

振り返りのアウトプットが習慣になると様々な効果が表れてくると考えています。塾でも色々な場面にアウトプットを取り入れていきます。

ご家庭でも是非取り入れてみてください。
会話も弾みやすくなるかも(^。^)       

2016年4月8日金曜日

どうしたい?

 わたしは色々な場面で、
「どうしたい?」
 という質問をします。すると
「わからない」
 という答えがよく返ってきます。

「どうしたい?」は願望をきいているので、「わからない」という答えはやや的外れな感じがします。

 多くの子は
『どうしたいか、わからない』
 のではなく、
『どうしたらいいのか、わからない』
 のです。

 【どうしたい=願望】ですが、【どうしたらいい=正しい答え】なのです。
 つまり、正しい答えを見つけられない、正しい答えがわからないで困っているのです。

 どの子も〝なりたい姿〟〝ありたい姿〟〝こうなったらいいな〟〝こんなことしてみたいな〟という願望や希望、願いを持っています。しかし、こういった願いは封印し、〝どうしたらいいか〟〝どうすべきか〟〝どうしなければいけないのか〟という正しい答えを言わなければと考えてしまうのです。

 『したいパワー』と『すべきパワー』。
 どちらの力がその人のモチベーションに強くはたらくと思いますか? 


 ですから、わたしは
「わからない」
 という答えは返ってきたら、
「どうしたらいいかは別にして、○○はどうしたいの?」
 とあらためて聞きます。その子の『どうしたい』を引き出し、そのためにどうするかを考えていくようにします。

 また、聞いたときに「○○したい」という答えが返ってきても、何かしっくりと願いが伝わってこないことがあります。お父さんやお母さんに「心配をかけたくない」、「こう言っておけば安心するだろう」、という子ども心が発する『おりこうさんな○○したい』がその原因です。
 そんな時は、
「そんなふうに思っているんだ、えらいね」
 などと受け取ってから
「でも、本当の心の声はどうしたいって言ってるの?」
 と聞くようにしています。

 『したいパワー』は、『すべきパワー』より失敗を恐れますし、否定されると強いショックを受けます。ですから心の奥にしまいがちです。でもその力を引き出すと大きな前進を生みます。

 子どもたちの『したいパワー』を引き出していきましょう。

2016年2月15日月曜日

一所懸命

 日常生活の中で

 「一所懸命やる」
 「必死にやる」
 「力の限り」
 「力を出し尽くす」
 「精も根も尽き果てるまで」
…などという言葉を使ったり、耳にしたりします。

 とても力強い言葉です。
 しかし、実際にそう言っている人で命を落とした人を見たことがありません。(笑)

 私も今までに『力を出し尽くした』と思うことが2度ほどあります。
 が、思い出せば、少なくとも呼吸はしていましたし、数分後には手や足を動かしていました。
 死んではいませんでしたし、力は残っていたわけです。(苦笑)


 だれもうそをついているわけではありません。
 そして本気で言っている場面が多いのも事実です。

 でも結果がともなわない、
 実際にそうやっていると思えない
 そんなことが多々あります。

 どうしてでしょう?

 では、実際に『一所懸命』とはどういう事でしょうか?

 たとえば「勉強を一所懸命やる」とは
 食事もとらずにやることでしょうか?
 休みの日に5時間勉強することでしょうか?
 短時間に集中して勉強することでしょうか?

 おそらく、人それぞれにとらえ方があるでしょうし、実はどういうことが一所懸命なのか、わからずに言っていることもあるかもしれません。
 『一所懸命』などの言葉は前向きでとても力強く聞こえる言葉ですが、とてもあいまいな言葉でもあります。
 あいまいな言葉は、それによって語調が柔らかくなり、会話をスムーズにする効果がありますが、一方で都合よくどっちつかずにすることもできる言葉です。

 「○○にとって、どうすることが一所懸命なの?」
 「どんな状態になっていたら、一所懸命やったことになるの?」

 一所懸命を具体化していくことで、実際に何をするのか、どのようにするのか、がイメージできるようになり、共有することでより行動を起こしやすくなります。

 無意識に使っている"あいまいな言葉"こそ、コーチングをするうえで大事なポイントです。
 是非あいまいな言葉にアンテナを働かせてみてください。  

2014年7月1日火曜日

『~から』ではなく『~ため』

 人間は意味のないことはしません。それは、人間の本能として無駄な事はしたくないからです。
まわりから無駄な行動と見えることでも、本人にとっては何らかの意味をもっているのです。(本人は意識していなくても)

 親として子どもを叱る場合を考えてみましょう。

  ①悪いことをしたから叱る

  ②悪いことを知ってもらうために叱る

 同じ「叱る」という行動ですが、①と②を比べてどんな違いを感じるでしょう。
 実際にどのように叱ったかを書いているわけではありませんが、①は反射的、感情的に強く叱りつけたようなイメージ、②は感情は抑えて子どもをさとすようなイメージには見えませんか。

 こんな場合はどうでしょう?

  ①めんどくさいからやらない

  ②からだを休めるためにやらない

 ①だと結局はあとからやらなくてはならず、自分にとって利益になりそうではありません。②はしっかりとからだを休めて英気を養うという自分にとっての利益が得られそうな感じです。

 実は「~から」で行う行動は、無意識だったり反射的だったり感情的だったり、自分をコントロールできていないものであることが多いのです。
 一方「~ため」で行う行動は、意識をして意図や目的を持ち自分でコントロールできています。


 このように同じようなことをするにしても「から」を「ため」にしてみるだけで、具体的な行動の質に変化を起こす事ができます。みなさんはどちらの行動の方がいいですか。
 全ての行動に「何のため」などとやっていると息が詰まりそうですが、例えば叱るときや注意するときに「何のため」で行動してみましょう。きっと効果的な叱り方や注意のし方ができることでしょう。

 これは、子ども自身の行動に対しても同じようなことが言えます。ダラーっとしている子に「何のためにそうしているの?」と聞くと「何にもしたくないから」と答えたりします。「から」と出てきたら無意識に何となくそうしていると考えられます。

 また、「テストがあるから勉強する」のと、「テストで良い点を取るために勉強する」のでは、勉強のし方も必ず違います。

 自分の行動はもとより、子どものそんなちょっとした言葉に注意して接してみるだけでもおもしろい違いが出てきそうですよ。

2014年3月20日木曜日

重力に負けない

地球上のあらゆる物体には重力がはたらいています。

正確には地球の中心に向かって引き寄せられる力ですが、私たちが日常感じているのは、『下に落ちようとする力』です。


実は、重力がはたらいているのは物体だけではありません。

成績、体力、記憶力、仕事の成果…さまざまなものに重力がはたらくのです。

教育コーチングの信念「人は育とうとする生き物」にあるように私たちはもともと上にあがろうとする力を持っています。

しかし、それを邪魔しようとする強力な重力を持った重石が存在し、下に落とそうとするのです。

 「このへんでいい」

 「めんどくさい」

 「大丈夫だろう」

 「ムリ」

など甘え、油断、あきらめ、自信の無さやズクの無さ…さまざまな要因が重石となって取り付き、下へ下へと落とそうとするのです。


さらに厄介なのは、この重石は目に見えないということ。

目に見えないがために気づくのが遅れがちで、かなり落ちてから気づくことも少なくありません。

いったん落ち始めて下への加速度がつくと取り戻すのは本当に大変になってしまいます。

重石は知らないうちにこびりついてきて、はっきりとした自覚も無いことが多いのです。

また、この重石を無理やり他人が引き剥がそうとしてもなかなか取れません。

取っていく第一の方法は「傾聴」。何があるのかをじっくりと聞き、子どもがその重石に気がついたらその重石をしっかりと受け取る。

重石が無くなれば上昇を始めていくのです。


子どもばかりでなく、私たち大人もさまざまな重石の重力に負けないようにがんばりましょう。

身近に重力に負けない大人がいることで、子どもも重力に負けない自信がもてるようになるものです。

2013年12月25日水曜日

ちょっと

会話でよく使う言葉に『ちょっと』というのがあります。

 「ちょっと待ってて。」

 「ちょっとお時間いいですか?」

何気なく使っている言葉ですが、これが実はくせものです。

 「ちょっと待ってて」と言われたとき、どれくらいの時間をイメージするでしょうか?

『ちょっと』と言っても具体的な数字を示すのかは辞書にも出ていません。1分の人もいれば10分の人もいると思います。その感覚は人それぞれです。

ではもし、10分をイメージしている人が1分をイメージしている人に「ちょっと待ってて」と言って10分待たせたとしたら、どんなことが起こるでしょう。
待たされたほうはイライラを通り越してかなり怒ることでしょう。もしかすると待ちきれずにその場からいなくなっているかもしれません。

些細な言葉ひとつで簡単に二人の間に大きな溝ができたり、険悪な空気ができてしまうこともあります。


わたし達は日常で『ちょっと』に限らず抽象的な言葉を使っています。

 『けっこう』
 『かなり』
 『あんまり』
 『よく』
 『ふつう』…

こんな言葉も人によって度合いのズレが出る言葉です。
決して抽象的な言葉がいけないということではありません。しかし、このような言葉を無意識に使うのではなく、ズレが生じることがあると認識して使うことで無駄な摩擦を起こさずにすむこともあります。


特に子どもとの会話では具体的に表現することをおすすめします。
抽象的な言葉がズレを生じ、時に「お母さん(お父さん)は嘘つきだ!」なんてことになりかねません。

 「5分待ってて」

 「10分お話してもいい?」

ちょっとした心がけでいい関係がつくれますね。(おっと、『ちょっと』を使ってしまいました^^;)

2013年12月4日水曜日

できる

わたし達はよく「できるか、できないか」という判断をし、相手に対してもそのようなアプローチをします。
「できるか、できないか」という言葉は結果を求めています。
ですから結果を得られると思えば『できる』となりますし、結果を得られないと思えば『できない』となります。わたし達の日常では結果を求めるばかりにこの言葉がよく聞こえてきます。

では、お子さんに対してはどうでしょう?
やはり、できる・できないの判断やアプローチをしているのではないでしょうか。

①「よくできたね」
②「これできる?」
③「どうしてできないの?」
④「できて当然でしょ」
…
色々な場面で『できる』を使っています。

教育コーチングの用語では①をYouのほめ、②を閉じた質問、③を詰問、④を否定と呼び、
①②は効果に微妙な部分があるので使い方に注意し、
③④は使わないようにします。
『できる』は成功する自信があるときや結果を得られたときには非常に大きなパワーを発揮しますが、一方で失敗に対する恐れや自分の能力に対する不安を招く要素を持っています。

不安を感じているときに「できる?」はかえって行動にブレーキをかけることになるだけでなく、
「できる」と言えない子に対して
「意気地がないな」
「そんな弱気でどうする」
などと追い打ちをかけてしまうと、やる気のベクトルはますますマイナスになってしまいます。

そんなときに是非使っていただきたいのは、「やってみる?」です。
『やる』は結果が得られるかを対象にしていません。
子どもが不安そうなときにはプラスして「教えてあげるよ」「ついててあげるよ」「できたらサイコーだね」「失敗しても大丈夫」と添えてあげれば不安は和らぎ、行動につながりやすくなるものです。

「やってみる?」+【支援・応援の言葉】で子ども達の持っているチャレンジ精神を喚起しましょう。

子どもは本来、「育とうとする生き物」ですね。  

2013年11月6日水曜日

自分が創り出している

セミナーなどでわたしが 「コミュニケーションが得意な人はいらっしゃいますか?」
と聞く時、手を挙げた人を見たことがありません。

=======================================================
わたし達が生きていくうえでコミュニケーションは不可欠です。
コミュニケーションを必要としない日はありません。
そんな大事で毎日使っているものなのに自分で得意だと思っている人、上手だと思っている人はほとんどいないのです。どちらかといえば苦手としている人のほうがおそらく多いでしょう。


ではどうして得意に、上手にならないのでしょう?
それはコミュニケーションを相手のせいにしているという要素が大きくあります。

実はわたしも先日、妻を怒らせてしまいました。

妻は子どものことでわたしに話をしてきました。わたしは新聞に目をやりながら、
「そんなこと大したことないじゃない」
みたいな対応をして逆鱗に触れ、怒らせてしまったのです。

以前のわたしなら
『何でそんなことで怒るんだ』
『当たり前のことを言っただけなのに』
『あ~あ、また怒っちゃったよ。怒ればこっちが謝ると思って…』
『難しいな…』
こんなことが脳裏をかけ巡っていました。
妻が怒ったのは自分のせいではない、そういう反応をする妻が悪いんだと妻のせいにしていました。

いかがでしょうか?
皆さんはコミュニケーションがうまく行かないときこんなふうに思うことはありませんか?

これがさらに悪化すると「どうしておまえはいつもそうなんだ。もう少し○○してみればいいだろ」などと相手の対応を変えようとしてしまいます。これでは即、戦いの勃発です。

実は目の前で起きていることは"自分が創り出していること"と見ることができます。
今回のことで言えば、わたしが新聞に目をやりながら、妻の心配している気持ちを十分に受け取らず、大したことはないというような否定するような対応をした結果なのです。

教育コーチングの考え方には
・コミュニケーションは自分次第
・過去と他人は変えられない
と言うものがあります。

コミュニケーションを自分が創り出していると見れば、相手へのイライラや怒りは少なくなります。
そして、自分が創り出しているものと見るならそれを変えることができます。

自分次第でコミュニケーションを円滑にし、コミュニケーションによるストレスをなくすことはできるのです。

どうですか?さあ、見方を変えてやってみましょう!

2013年8月28日水曜日

苦手なこと

 7~8月に婚活をしている人たちと話をする機会がありました。
 皆さん独身で結婚したいと思っている人たちなのですが、話をしてみると色々な共通項がありました。
 その一つが『苦手なことが多い』ということです。
 「○○が苦手です」
 「××するのが苦手です」
 得意なことはなかなか出てきませんが、苦手なことはたくさん出てきます。そして行動しているようで行動していません。
 その仕組みは、『失敗したこと』が『苦手なこと』になり、それが『できないこと』になり『やらないこと』になる、というものです。

 特に苦手なものが増えてくると「私はダメだ」と自己肯定感が低くなるので、些細な失敗がすぐに『苦手なこと』になっていきます。
 しかし、初めてやることなんて最初から成功することは多くはありません。なのに失敗を克服しようとはしなくなってしまっているのです。
 実は婚活パーティーなどに来ている人には、心の中では結婚(恋愛)したいと思っていても、いつしか結婚(恋愛)に対して苦手意識を持つようになっていて、本気の婚活(恋愛)はしようとしていないでいる人が結構いるように感じました。

 婚活の人を例に挙げましたが、私たちも似たようなことをやっているのではないでしょうか。
 ダイエットをしたい、でもダイエットは苦手、なかなかできない、だからやらない・・・。子どもたちの勉強も同じかもしれません。勉強はした方がいい、でも苦手、なかなかできない、だからやらない。

 ではこの循環のどこにくさびを打つかと言えば、苦手意識の部分です。
 最初から何でもできる子はいません。うまく行かないことや失敗はよくあることですから、そのことがすぐに苦手意識につながらないようにすることです。苦手意識は自己肯定感が育っていない子にすばやく生まれます。自己肯定感の芽を育てるためにできること、それは〝承認〟の水をたっぷりと与えることです。
 まわりの人間の〝承認〟の水は、子どもの自己肯定感を育て、あきらめずに苦手を克服する力へとつながっていきます。自己肯定感の芽が枯れぬよう、〝承認〟の水をたっぷりと上げていきましょう。

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2013年8月7日水曜日

言ったとおりに育つ

 私たち人間は悪いところ、良くないところ、ダメなところに目がいってしまう習性があるようです。
 そしてそれを指摘します。ダメなところを指摘、注意するのが大好きなのです。

 ところで、おとなの社会を思い浮かべてみてください。
 上司に「おまえは仕事ができない」と何度も言われる部下はどうなるでしょう?
 仕事ができるようになるよりも、そのまま怒られ続けたり大事な仕事を任されなくなったり、辞めてしまったりする方が多いと思います。
 「おまえはおっちょこちょいだな」といつも言われている部下はどうでしょう。
 うっかりミスを全くしなくなるということもあまり無いのではないでしょうか。

 つまり、私たちは何度も何度も同じことを指摘されていると、そう指摘されないようにしようという行動よりも、自己肯定感が低くなって自分はそういう人間なんだというあきらめや開き直りをする傾向があるのです。
 では、お子さんにこんなことを言ってはいないでしょうか。
 「バカね」「注意力が無いわね」「落ち着きが無いわね」「へたくそね」「ぼーっとしてるわね」「根性が無いわね」「雑ね」「不器用ね」「リズム感が無いわね」……そして「ダメな子ね」。

 実は子どもをそうさせているのは、まわりのおとなのこんな言葉なのかもしれません。

 私たちの〝やる気〟というのは、自己肯定感によるところが大きいのです。
 自己肯定感が高い人は他人に何と言われようと「オレならできる」「私ならできる」とあきらめずチャレンジを続けます。

 教育コーチングの中に『子どもは大人(親・教師)の言うとおりに育つ』という言葉があります。

 いかがでしょう。言うとおりに育つのなら、いいところに目を向けたり、可能性に目を向けて言葉がけをするのです。
 「優しい子だね」といつも言われている子が人を傷つける子にはなりませんし、「よく気が付く子だね」といつも言われている子が無神経な子にはなりません。
 さらに「おまえはやりぬく力を持っているよ」といつも言われていれば簡単にはあきらめない子になりますし、「必ず大きく成長する子だよ」と言われていれば自分の可能性に自信が持てるのです。
 現時点で表に出ていないことまで、言葉がけで引き出すのです。

 皆さんのたっぷりの愛情から〝プラスの言葉〟や〝未来の可能性の言葉〟をかけてみましょう。子どもは自分を信頼してくれる、自分を承認してくれる人が目の前にいることで子どもは自己肯定感を高め、自ら成長の道を歩んでいきます。

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2013年6月27日木曜日

ムリー

 最近、子ども達の口からよく聞く言葉に『ムリー』というのがあります。

 『無理』という言葉の意味は、
 ①道理のないこと。理由のたたないこと。
  例:無理を通す。無理を言う。
 ②行いにくいこと。するのが困難なこと。
  例:無理な頼み。子どもには無理だ。
などです。

 会話でよく使うのは②の意味ではないでしょうか。つまり、『できない』ということです。ところが、子どもたちはこんな使い方をします。
---------------------------------------------
 「じゃあ、次は○○をやってみよう」
 「ムリー」
---------------------------------------------
 どうやら、『できない』ではなく、『いや』という意味で使っているようです。やりたくないことを「ムリー」と言っているのです。
 『いや』というのは好き嫌いの判断ですが、『できない』は言外に『やりたいんだけど…なのでできない』=『しかたない』というニュアンスを含んでいます。
 
 「いや」と言えば「いやがらないでやりなさい」と言われますが、「ムリ」と言えば親はあまり強く言えないのではないでしょうか。つまり、子どもは子どもなりに親の言葉をうまくかわすための術を身につけているのです。

 しかし、『ムリ』を便利な言葉として子どもの口癖にはしたくないものです。
 
 『できない』は、何か自分の力ではどうしようもない要因のせいにしていることが多いのです。
 時間がないから、
 時間がかかるから、
 分からないから、
 力がないから、
そしてしまいには
 面倒くさいから、やりたくないから…
となってしまいます。

 『ムリ』の言葉のせいでせっかくの壁を乗り越えるチャンスをつぶすようなことにはなって欲しくないものです。

 子どもから「ムリー」が出てきたらこんな質問をしてみてください。
 「じゃあ、どうすればできるようになる?」
 「できない原因は何?」

 便利な言葉は深く考えずに無意識に何となく使っています。できなくさせているものが何なのかを明確にしてあげるのが効果的なのです。『ムリ』にさせているものに気づいて解決できれば『ムリ』ではなくなるのです。

 ところで、実はおとなも『できません』を便利に使っていることがあります。皆さんはいかがでしょう。子どもはそんなおとなの言葉を真似ているのかもしれません。

 わたしも心当たりがあります。気をつけたいと思います。

2013年5月27日月曜日

想定外

 東日本大震災の原発事故の対応で流行語のようにもなった『想定外』という言葉。予想をしていなかったことが起こると、私たちはパニックに陥ったりします。

 では、『想定内』と『想定外』では何が違うのでしょうか。
 私たちは想定内のことに対して、その対応方法を準備します。そして準備ができていると安心できます。〝これしかない〟という状況に対しては1つの対応策。そうでなくてもたいていの状況に対して経験などから3つ4つの対応策を準備しています。それで安心できるわけです。

 一方、想定外のことに対しては想定できていないわけですから、当然準備もできていません。準備ができていないことが起こると、
 「どうすればいいんだろう」という焦り、
 「どうなっちゃうんだろう」という不安、
 「何かがおびやかされるのでは」という恐れ
などにかられます。

 そしてそのときの行動は、『自分を守る』という方向に進みます。

 実は、私たちはよくこのような対応をしています。次のようなことはないでしょうか。
 子どもが思いもよらぬ質問をしてきたとき、
 「今、忙しいからあとにして」
 「そんなのも分からないの?常識でしょ!」
 「また、屁理屈みたいなこと言って…」
 「そんな細かいことは気にしないの!」
その心のうちは、
 『急に言われたって困るわよ』
 『いい加減なことを言って間違ってたらやだな』
 『知らない、分からないとは言いたくない』
 『親(大人)の威厳が…』
こんな感じでしょうか。


 先日の学校参観日のこと、低学年のクラスで先生の質問に対して子どもからおそらく全く想定外の答えが返ってきました。そのとき、先生は一瞬戸惑った表情をしながらも
 「○○さん、すごいね。先生も思いつかなかったよ」
と言い、先生が求めていた答えではなかったのですが、その言葉でその子はとてもうれしそうでした。

 先生も、参観日の授業はふだんの授業以上に自分の予定通りに進めていきたいものだと思います。想定外の答えはさっと流してしまいたいところではないでしょうか。でも子どもは〝すごい〟とほめられ、〝先生が思いつかなかったことを自分は思いついた〟と承認されたことで笑顔になったのです。
 想定外のことが起こると自分に意識が行って、ごまかす、言い訳する、お茶を濁す、無視するなどの行動をしてしまいがちですが、そういうときこそ子どもを見て承認できるといいですよね。
 〝すごいね〟
 〝やるなー〟
 〝知らなかったよ〟
 〝勉強になったな〟
 〝いっしょに調べようか〟
こんな承認の言葉で子どもの自信とやる気が芽生えてくることでしょう。

 『人はそれぞれ』 何が出てくるかわかりません。

 想定外のときの対応こそ、その人の真価が問われるなと、あらためて気づかされました。

2013年5月8日水曜日

なかなか・・・

コーチングセッションをしていると、その人から口癖のように出てくる言葉が気になります。

口癖のように出てくる言葉は無意識に使っています。

しかし、その言葉には大きな意味があることが少なくありません。

以前に、セッションをした人に本当に特徴的な人がいました。

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「なかなかうまくいかないんです。」

「なかなか時間がなくて…」

「なかなかできませんね。」

5分くらいの話の中で、「なかなか・・・」が4回出てきました。

2回目の時に、ビビッと何か感じたので、「なかなか」が出てくるたびに
私のほうからも「なかなか・・・」とオウム返しをしていました。
2回目、3回目は「そうなんですよ」という言葉が返ってきただけだったのですが、
4回目の時に、
「あれ?また、”なかなか”って言いましたね。」
と本人が言われました。

そこで
「”なかなか”ってどんな時に出てきますか?」

「イライラしているとき・・・・・」

「イライラしてるとき・・・?」

「いや、違いますね。何か言い逃れしようとしているときですね。うまくいかないことの言い訳をしようとしているのかもしれません。・・・
あぁ、そうです!それで”なかなか”って、何回言ってました?」

「4回です。」

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この方は、「なかなか」という言葉を使って、「できない理由」==>「やらない理由」を自分の中で正当化していたようです。『だから、しかたない』ということです。

このあと、「なかなか」を掘り下げて、その方の無意識の背景を具体化していきました。



自分では気づいていない口癖。

それは、無意識に自分を正当化し防衛しようとしている言葉かもしれません。

防衛するために一生懸命力を使っていると(無意識に)、前に進もうとする力までもそがれて行動できないのです。


身近な人に、どんな言葉を良く口にするか聞いてみてはいかがでしょう?

意外なものが見えてくるかもしれません。

2013年2月8日金曜日

応援する

 息子のサッカーの応援に行き、『応援』の難しさをあらためて感じました。

 「ガンバレー!」
 「いいよー!」
 「ナイスプレー!」

 お母さんたちの感情あふれる黄色い声援と拍手で、子どもたちは勇気づけられるように良いプレー連発します。
 するとお母さんたちの声は一段と高くなり大声援。
 子どもたちもさらにのびのびとし始め良いプレーが続きます。

 お母さんたちの〝心からの応援〟が子どもたちのプレーに好循環を生み出しています。
 一方、

 「マークが甘いぞ!」
 「早くもどれー!」
 「まわりをよく見ろ!」
 
 お父さんたちの注意や指示が飛び交います。
 子どもたちは『ハッ』とわれに返ってプレーを修正します。
 ところが、こういった言葉が多くなるににつれて、子どもたちの動きにためらいが見られるようになり、混乱し始めるようで中途半端なプレーが増えてきます。
 するとお父さんたちの声はさらに大きく強くなってきて、子どもたちは萎縮し始めます。

 お父さんたちの〝理論の応援〟が子どもたちのプレーに悪循環を引き起こしています。

 同じ応援する気持ちなのに、子どものプレーは全く違ってきてしまう、不思議な現象です。
 ある子のお父さんが以前
「自分はサッカーをよく知っていて、ついついいろんなことを言ってしまうので、子どもの応援には行かないんです」
と言っていたのを思い出し、『あぁ、こういうことか』と少し納得してしまいました。
 例えばサッカーJリーグののサポーターはまさにそうですね。あれこれ細かいことを言うのではなく、選手の気持ちを鼓舞し支えるために「気持ち」を伝える本気の〝心からの応援〟です。

 実は、私たち親が子どもにできる効果的な応援は〝心からの応援〟です。その結果、子どもたちは安心できたり、勇気づけられたり、心が少し軽くなったりして、のびのび、イキイキと自分の力を出せるようになります。

 〝心からの応援〟は決してにぎやかなものとは限りません。
 やさしい言葉をかけたり、風邪をひかぬようにしてあげたり、おいしいご飯を作ってあげたり、こんな当たり前のように思える〝心からの応援〟も素晴らしい応援です。

 〝理論からの応援〟は最小限に、〝心からの応援〟を最大限に!そんな応援を子どもたちにしていきましょう。

2013年1月18日金曜日

目標を口にする

 2013年。新しい1年の始まりです。
 1ヵ月後の目標、3ヵ月後の目標、1年後の目標、5年後の目標、将来の目標。目標と一言で言っても色々な目標があり、期間の設定も色々あります。

 しかし、目標とはどれも「未到達の自分」を目指すものです。すでにできていることを目標にすることはありません。つまり、目標を立てるということは成長しようということであり、より以上を目指すということです。

 また、目標はどれも将来につながっているということです。どんな小さな目標であっても、それは何かしらその先の自分のためのものにプラスになるものなのです。

 先日、子ども達に「今年の目標」を書いてもらいました。
 「えーっ」とびっくりする子、「何を書けばいいの」と聞いてくる子、すぐに書き始める子、様々ですがそれぞれに考えました。

 誰でも生きていく上で何か目標はあるはずです。しかし漠然としたまま心に思っていても、普段から目標を意識することはなかなかできず、心の底に眠ったままになりがちです。目標を自分の心の中だけに留めておくのではなく、実際の言葉にしてみる、文字にしてみると、目標が明確になり強く意識づけることができるものです。特に「誰かに伝える」ということは自分の中での重みが増してきます。

 ですが、いっぽ塾としてはここで終わってはやはり不十分です。子ども達の目標は
 「○○ができるようになる」
といったことが多いのですが、そこでもう一つ質問をします。
 「その目標を達成すために何をするの?」
子どもたちは
 「△△をがんばる」
 「△△を一生懸命やる」
となりますので、もう一歩踏み込んで
 「がんばったかどうかは何が基準?」とか「どうすれば一生懸命やったことになるの?」
と聞きます。すると
 「プリントの字を人が読めるように丁寧に書く」
 「毎日、10分はリフティングをやる」
など、少しずつ具体的になってきてやることが明確になり、行動しやすくなります。

 ややもすると目標ばかり大きく掲げたものの何もできないことがあります。目標を行動に移すには小さくてもいいので、具体的にする。そのことで逆に行動を起こしやすくさせるのです。

 わたしも子ども達に負けないよう、今年の目標を決めました。みなさんも一年の目標を決めてはいかがですか。

2012年11月7日水曜日

プラスに変換

最近、色々な講演会や、研修会に参加して、学びそして気づきをたくさん得ています。
やはり学ぼうとすることで気づきは得られるものだとあらためて感じています。

さて、
皆さんは日常生活の中で否定、批判、非難、マイナス評価などが入った会話をよく使っていませんか。
これらのマイナス語、ネガティブ会話はどうも人を楽しくさせません。
話を聞いていても話していても当然やる気は出ないわけで、いやな気持ちにさせたり、仕方なく行動させたり、実際にはあまりよい効果は期待できません。
しかし、こういう言い方に慣れてしまい、あまり深くも考えずに無意識に使ってはいないでしょうか。

 ・はやく起きないと遅刻するわよ

 ・宿題しないと先生に怒られるわよ

 ・そんなに食べてお腹こわすわよ

 ・どうせすぐに飽きるでしょ

 ・そんなことしちゃダメ

 ・また無駄遣いして

 ・どうなっても知らないわよ

決して相手の気分を損ねようとして言っているわけではありません。
相手のためを思って言っているのです。
それなのに相手のためになっていない。不思議ですね。

いまの言葉をこんな風に変換してみましょう。どう聞こえますか?

 ・はやく起きるといろんなことができるよ

 ・宿題終わらせるとどんな気分になる?

 ・すごい食欲ね。残さず食べるとうれしいな

 ・大切に最後まで使ってあげて

 ・そのままやるとどうなる?

 ・何のために買うの?

 ・このままだと心配だよ

変換するポイントはいくつかあります。
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①未来を意識する
(できたとき、なったときなどプラスの未来をイメージする)

②こちらの気持ちを伝える
(「うれしい」「心配」といった感情や要望をそのまま伝える)

③問いかけてみる
(本当はこちらが言わなくてもわかっているのです。自分の口で言うと納得感が高まります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人間は悪い方へ行くより良い方へ行きたいものです。
悪い方へ行かせないような言葉がけより、良い方へ行きたくなる言葉がけを意識してみてください。必ず変化が出ます。


ネガティブな言葉は〝不安〟〝不満〟など〝不〟の気持ちから出てきます。
不安や不満がいけないことではありません。
その気持ちを放置せず、そっと受け止めてから言葉にしてみてください。

それだけでも優しいプラスの言葉が生まれてくるでしょう。